「国防」と「安全保障」について思うこと

日本の政治家は安全保障について語る際、「国民の生命や財産を守るため」と説明することが多い。しかし、国防とは単に生命や財産を守るというだけではなく、日本の領土や主権、さらには日本人が受け継いできた歴史や伝統、文化を含めた国家そのものを守ることであると考える。

国際法学者の色麻力夫氏は、「国防(defense)」とは国家の存亡に関わる緊急事態において自ら国を守ることであり、「安全保障(security)」とは他国との軍事協力や国際機関からの要請に応じた活動を含む、より広い概念であると説明している。この区別を踏まえれば、現在の日本では安全保障が語られる一方で、国防そのものについての議論が十分になされているとは言い難い。

そのような中、尖閣諸島周辺では中国海警局の船舶による挑発的な行動が繰り返されている。沖縄の地方紙である八重山日報は、中国海警船が尖閣諸島沖で神奈川県の漁船を威嚇し、進路を妨害したと報じた。日本の領海や周辺海域でこうした行為が続いているにもかかわらず、日本政府が穏便な対応に終始しているように見えることに強い危機感を覚える。にもかかわらず、一部の政治家の間には「日本は専守防衛を維持し、攻撃的な軍事力を持たない平和国家である」と強調する姿勢がまだ目立つ。しかし、自国の領土や領海が現実に脅威にさらされている状況において、そのような認識は危機感に欠けるといえないだろうか。

中国は軍事力を背景とした圧力を強めており、その抑止力が失われれば東アジアの平和と安定は大きく揺らぐことになる。特に今後の国防論議では、核による威嚇や脅迫をいかに無力化し、日本に向けられた核戦力にどう対処するのかという視点が不可欠である。そのためには、佐藤栄作元首相の時代から維持されてきた非核三原則についても、時代の変化に応じて見直しを検討する必要があるかもしれない。非核三原則は平和を実現するための手段であって、それ自体が目的化されてはならない。

しかし現在、自民党内の安全保障に関する議論においても、核抑止の問題は十分に取り上げられていない。中国は日本の防衛力整備を「新型軍事国家化」と批判しているが、自ら大規模な軍備増強を進める国がそのような非難を行うことには説得力がない。

核抑止論は単なる理論上の議論ではなく、国家と国民の存続に直結する極めて現実的な課題である。だからこそ、この問題は国家の最高指導者が真正面から取り上げ、国会で議論し、国民に対して丁寧に説明しながら理解を求めていくべき重要なテーマなのである。

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