戦後世代の中でも、1947~1949年生まれの「団塊の世代」は、第一次ベビーブーム期に生まれ、高度経済成長を支えた人口の多い世代である。学生運動や厳しい受験・就職競争を経験した世代でもあり、現在では75歳を超える人が多い。私もその一人だ。
2月の衆議院選挙では、若い世代を中心に幅広い支持を集めた自民党が大きく議席を伸ばした。一方、中道・リベラル系左派政党への支持は70代以上に偏る傾向が目立った。これを見ると、かつての政党支持構造が逆転したかのような印象を受ける。それほどまでに、高市首相の人気は大きかったと言えるだろう。
私は以前から、戦後民主主義がどのように形成されたのかに強い関心を抱いてきた。とりわけ、GHQ占領下で行われた 東京裁判 を、日本人の伝統的価値観を大きく変化させた歴史的出来事として考えることが多い。
「GHQ知られざる諜報戦 新版ウィロビー回顧録」は、GHQのG2責任者だった Charles A. Willoughby 少将による回顧録であり、占領初期のGHQ内部の実情が描かれている。
G2は、Courtney Whitney 少将や Charles Louis Kades 大佐らが率いるGS(民政局)と対立関係にあった。G2は、ソ連主導の共産主義思想や日本共産党による破壊活動を警戒する役割を担っていた。
近年では、ケーディスらが占領下の日本で進めた急進的な民主化政策に対し、ウィロビーらG2が一定の歯止めをかけようとしていたことも明らかになっている。
同書には、当時のGHQ内部の対立を示す次のような記述がある。
「公職追放は1946年1月4日、マッカーサーの指令によって始まった。その対象は軍関係者だけでなく、政治・経済・社会・言論の各分野に及び、その後2年間で20万人以上が追放された。
その過程でGSとG2の対立は激化した。GSは『民主化』を掲げながら、自らの政策の障害となる人物を次々に追放したためである。GHQ内部や日本側からも『GSは日本の最良の人材を排除してしまった』との批判が高まった。特にGS次長ケーディス大佐への非難は強かった」(155~156頁)
戦後民主主義を語るうえで、GHQ占領政策を抜きにすることはできない。そして占領下で勢力を拡大した国内左翼勢力は、民主主義の名のもとにマルクス主義的思想を広め、日本人の伝統的価値観に大きな影響を与えた。
私は、戦後世代の民主主義感覚について考えるたびに、その精神的基盤がいかに脆く、不安定なものであったかを感じずにはいられない。

コメント