読書後にどれほど印象深かった本であっても、記憶に残る文章はほんのわずかです。なので、歳を重ねて記憶が薄らぐ前に、自身の歴史観を育む過程で少なからず影響を受けた本を選び、原文を引用するかたちで内容の一端を紹介していきたいと思います。
安倍元首相がいく度も読み返して政権運営の参考としていた「岸信介証言録」(中公文庫 2014年11月25日発行。底本は同題の2003年毎日新聞社刊による)は今回が5回目となり、紹介するのは政治と権力に関する箇所です。インタビュアーは原 彬久氏(はら よしひさ)です。
「— さて、総理が五八年の十月から十一月にかけて安保条約に関連して発言された問題ついて若干お尋ねします。十月十四日にアメリカNBCのセシル・ブラウン記者とのインタビューが持たれましたね。ここでの総理のご発言は、アメリカよりむしろ日本で大きな反響を呼びました。安保改定日米交涉が始まったばかりの日本の安保論議を非常に大きく刺激することになりました。社会党を中心とする「反警職法」、「反安保」の火に油を注ぐ結果になったよう思います。総理のご発言は、要するに「反共防衛」、「反中国」そして「憲法九条廃棄」というものでした。先生はこのインタビューの政治的效果といいましょうか、何か特別の意図を持って発言されたのですか。
岸 私としては、特別な意図も何もなかった。これは私の持論であり、それをアメリカのほうにも知らせておく必要があったんです。私としては機会あるごとに話をしてきたことであり、当然のことをいったまでです。反対する奴は反対するんだからね。
— 野党が相当これに反発したわけですが、これは予期しなぃ状況だったのではありませんか。
岸 私がものをいえば、新聞などがナニすることは承知の上です。しかし、政治家としてあまり適当ではなかったと思うんですが、マスコミ対策なんてものは考えていなかったんだ。彼らはどうせ左巻きなんで私の思想とは違うんだから、という考え方で徹底していたんだ。考えてみれば、もう少し物事をオブラートに包んでナ二すれば、政治家的な発言になるんだろうけれど、日本の当時の情勢からいって、誰か一遍は真髄に触れた問題を国民の前にぶっつけて、国民をして真剣に考えさせなければいかん、という考え方でした。腹の底では何か持っていて、口先ではいい加減なことをいうような政治家では駄目だということだ。
― 一般に政治家のタイプとしては、民意を受けてそこから自分の政策を形づくっていく人と、大衆の指導者として自分の考え方を大衆に分からしめようというタイプがあると思うんですが、先生は後者の方でございますか。
岸 私は政治の要諦として、民主政治におけるリーダーシップというものを非常に強調しているんですよ。大衆に追随し、大衆に引きずり回される政治が民主政治だとは思わない。民衆の二、三歩前に立って民衆を率い民衆とともに歩むのが、本当の民主政治のリーダーシップだと思うんです。だから、これは独裁政治とは違うんです。右向け、左向けといって命令をするのが独裁政治です。しかし一方、政治家が民衆に紛れ込んで何か訳も分からずガヤガヤいっているのは、民主政治じゃなしに単なる衆愚政治にすぎないですよ。」(同書239~241頁)
「— 安保改定では随分ご苦労なさったわけですが、そもそも安保改定は直接的には日米関係の問題であり、間接的には今日の国際政治の全文脈にかかわることです。岸さんにとって、今日の国際政治にはどんな要因が働いているとお考えですか。
岸 やはり国際政治の基本は力と力ですよ。単に軍事力だけではなくて経済力なども含まれるでしょう。一つの民族が持っている政治力というものもありますがね。
— 力を構成する最も重要な要素というのは、やはり軍事力ということになりますか。
岸 軍事力と経済力と……。まあ両方だろうね。もちろん、われわれが国際的に付き合っていくうえで、国際信義というものは大事ですよ。約束したことは必ず実行するとか、また自分の狭い利己的な考えで動くのではなく、世界の平和と安全という観点から動くべきは当然としても、それを裹付ける経済力や軍事力、すなわち国力というものがなければね。やはりそういう意味で力というものが国家間の問題処理の基礎をなすといわざるを得ないと思いますね。
— 国と国との関系で共産主義とか自由主義とか、つまりイデオ口ギーというものをどいうふうに考えたらよろしいでしょうか。
岸 イデオ口ギーは各国の選択によって採用されるのなら問題はない。しかし共産主義が危険なのは、マルクス以来一国共産主義ではなしに、世界の共産化を目的としてきたことです。イデオロギーというものは、その国が自主的な立場で決めるベきものですよ。特定のイデオ口ギーを他国に強制して、いうことを聞かなければ軍事力をもって押しつけていくという共産主義のやり方は困るんだね。共産主義というものには、絕対反対です。
ー 共産主義は自由を認めないということですか。
岸 個人の自由を認めないという点が一番ですよ。私のような監獄生活をしたものこそ、本当の自由がどれほど有り難いものかが分かりますよ。日本人は自由の有り難さを知らないんですよ。あまりにも自由であるためにね。世界中で一番自由であるのは、日本だと思うんです。自由の有り難さというものを知らないんだよ。
ー 政治というのは、申すまでもなく、人間と人間の相互関係の中で展開するわけですが、とりわけ赤裸々な人間同士の愛憎のぶつかり合いだと思うんです。ですから、人間とは何かという問題は、おそらく政治の舞台でその役どころを演ずる政治家が常に直面するテーマではないかと思うんです。岸さんにとって人間はいかなる存在、いかなる生き物であるとお思いになりますか。
岸 人間の本質がどうだといわれると分からんけれど、政界におけるこの離合集散をみるにつけて、ナンですね、権力欲というかそういうものが人間は相当本質的に強いものがあるね。
— その権力欲を悪と考える立場もありますが。
岸 いや、権力欲が悪いというわけではない。自分の理想や考えを実現しようとすれば、その実現に必要な権力が伴わなければ駄目です。つまり自分の政治的な理想や考えを実現するために、本来必要な権力を持ちたいと思うのは当然のことです。しかし一度権力を持つと、さらなる権力が望まれる。ここら辺でもういいのだ、というその限度がなくなるということもあると思うんです。政治のマキャベリズムがそこにある。山岡荘八君(一九〇七一七八作家)の『徳川家康』を読んでみると、信長·・秀吉・家康の三人とも曰本歴史における偉大な政治家だと思うんだ。それぞれ違ったタイプですがね。しかし権力に対する飽くなき執着というか、それは共通しているね。
(同書416~419頁)
(つづく)

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