読書後にどれほど印象深かった本であっても、記憶に残る文章はほんのわずかです。なので、歳を重ねて記憶が薄らぐ前に、自身の歴史観形成に少なからず影響を与えたと思われる本を選び、原文を引用するかたちで紹介していきたいと思います。
「岸信介証言録」(中公文庫 2014年11月25日発行。底本は同題の2003年毎日新聞社刊による)は今回が2回目ですが、とくに外交と安全保障に関する箇所を引用します。インタビュアーは原 彬久氏(はら よしひさ)です。
「— アメリカにいらっしゃる前に、東南アジア六カ国(ビルマ—現在のミャンマー、インド、パキスタン、セイロン—現在のスリランカ、タイ、台湾)を訪問されたのはなぜですか。
岸 私がアメリカに行くには、非常に準備したんですけれども、現職の総理がアメリカへ行くその前に、東南アジアを回って、とにかく「アジアの日本」というものをバックにしたいという考えがあったんです。
(略)
岸 安保改定とは直接の関係はないが、訪米するについては、日本が「アジアの日本」であって、アジア諸国の開発と繁栄のため日本が経済外交を推進していくつもりであること、したがってアメリカがこれに協力してくれなければ困る、ということでした。
ー そのための東南アジア訪問でもあったのですか。
岸 そうです。これらの地域を私が現実に回ってその実情をみることと、そしてこれらの国々の首脳と会談しなければならないと思ったんです。「アジアの日本」、いわばアジアの発展のための指導役として日本の使命を尽くすという考え方で、これらの構想をアジアの首脳と話し合ってある程度これを握ってアメリカに行くという考えでした。私のアメリ力外交においては、アジアの発展、安定が日本の発展と安全の基礎であるわけだから、それには、これらの地域を本当に日本が掴んでいかなければいかん、ということでした。
― 東南アジア外交は、岸政権の政策としては一つの要石であったということですね。
岸 そうです。これらの国々から日本が信頼されなければいけないという意味において、アメリ力に行く前に東南アジアを回る、ということでした。時間の関係で全部を一度に回ることはできなかったんだが、まずは半分だけ回ったんです。訪米から帰ってきて、秋にはまた東南アジア(南ベトナム、カンボジアなど九力国)に行ったんです。」(同書164~166頁)
「- ご訪米前、吉田茂さんとはいろいろご相談をなさったのではありませんか。
岸 何といったって、外交の問題については、私自身経験を持たないものだから、当時の日本外交の第一人者であった吉田さんには意見を聞きましたよ。また、私の考え方も聞いてもらいました。
― その際安保条約の問題について、吉田さんにご相談なさいましたか。
岸 前の安保条約は、吉田さんがほとんど単独でつくったわけです。ただ、不平等性の強いあの条約は、全然防衛力を持たない日本としてはやむを得なかったと思うんです。吉田さん自身も、あれを恒久的に続けていこうという考え方はなかったわけです。
― でもやはり、その当時吉田さんとしては安保条約の变更には消極的ではなかったですか。
岸 いや、そうでもない。だけど、非常に(安保改定に)積極的だということではなかったですね。吉田さんは、私の意見を聞いてこれに反対するとか、水をかけるというようなナ二じゃなかった。しかし、非常に進んで条約の改定を支持するという、そうした積極性はなかったなあ。」(同書166~167頁)
(つづく)

コメント