読書後にどれほど印象深かった本であっても、記憶に残る文章はほんのわずかです。なので、歳を重ねて記憶が薄らぐ前に、自身の歴史観形成に少なからず影響を受けた本を選び、原文を引用するかたちで内容の一端を紹介していきたいと思います。
安倍元首相がいく度も読み返して政権運営の参考としていた「岸信介証言録」(中公文庫 2014年11月25日発行。底本は同題の2003年毎日新聞社刊による)は今回が3回目となり、紹介するのは核保有問題と憲法改正に関する箇所です。インタビュアーは原 彬久氏(はら よしひさ)です。
「— 日米首脳会談から離れますが、総理はご訪米前、確か四月二十二日の衆議院予算委員会で憲法は九条を含めて全面改正したいこと、さらに五月七日の参議院内閣委員会では自衛の範囲内なら核保有は差し支えないと発言しておられます。特に核保有の問題は内外にかなりの反響を呼びましたが、これら二つのご発言は、やはりご訪米あるいは安保改定との関連を意識してのものだったのですか。
岸 いや、必ずしもそうじゃないね。これはもう私の持論です。
- そうしますと、核保有の問題も総理のなかにはあったのですか。
岸 当時の状態で核保有をするということを考えておったわけではないですよ。兵器の発達によって、通常兵器というものがほとんど無力化するようなことになれば、兵器といっても大半が核兵器だけになってしまうという状況を迎えるかもしれない。憲法が日本に核兵器を持たせないのかといえば、理論的には、そうではない。核兵器だからどうだ、通常兵器だからどうだということではないんです。もちろん、日本は戦略核兵器のようなものを考えているわけではないが、防衛的な意味で核兵器を持つといっても差し支えないではないか。核兵器も攻撃的なものは駄目ですよ、日本は専守防衛であるわけですから。しかし、核兵器であるがゆえにいかなるものも持ってはいけないということが、憲法にあるわけではない。
- 安保条約をできるだけ日米対等のものにするということになりますと、当然憲法改正ということになるわけですが、ご持論の改憲構想を当時お持ちになっていたのですか。
岸 それはもう当然です、自分としてはね。
- 安保改定をテコにして改憲もそのうち実現していきたいというお考えは、当時おありだったのですか。
岸 もちろん、そうです。
- そうしますと、次の総選挙あたりで憲法改正のための基盤を固めたいというおつもりでもあったのですか。次の総選挙は五十八年五月に行なわれたわけですが。
岸 憲法改正については改正手続きそのものが非常に難しい状況ですから、そう簡单にこれができるわけではない。日米対等の意味における真の相互防衛条約を、つまり双務的義務を日本が履行しようとすれば、いまの憲法は不適当であり、改正しなければならない。国民に、憲法改正が必要であり、憲法改正をすベきである、あるいは改正せざるをえないのだという気持ちを起こさしめるような宣伝、教育をしていかなければならないと覚悟していました。ですから、安保改定をすれば、すぐに憲法改正ができるなどとは考えていなかった。
- 当時日本の憲法についてのアメリ力側の一般的な認識はどんな具合だったのでしょう。
岸 ひどい話があるんですよ。総理として数年ぶりに(一九六〇年一月)新安保条約の調印でアメリカに行ったときに、日本のいろいろな話が出まして、アメリカ側の誰かが私たちに、まだあの憲法をそのまま持っているのか、というんです。そのとき私は、そんなことをおっしゃるけれども、改正できないような条項にしているじゃないですか、といったことがあります。アメリカの人たちは、日本の憲法はとっくに改正されたものだと思っているのかもしれない。
- 憲法というものに対する感覚が、日本とアメリカではかなり違うのでしょうね。
岸 それは違いますよ。日本では憲法に関しては、「不磨の大典」というような考え方があるけれども、向こうでは憲法は現実に合わなければ合うようにどんどん変えていくという考え方ですよ。」(同書180~184頁)
(つづく)

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