2026.10.9
読書後にどれほど印象深かった本であっても、記憶に残る文章はほんのわずかです。なので、歳を重ねて記憶が薄らぐ前に、自身の歴史観を育む過程で少なからず影響を受けた本を選び、原文を引用するかたちで内容の一端を紹介していきたいと思います。
安倍元首相がいく度も読み返して政権運営の参考としていた「岸信介証言録」(中公文庫 2014年11月25日発行。底本は同題の2003年毎日新聞社刊による)は今回が8回目で最終回となります。紹介するのは幻の総理再登板に関する箇所です。インタビュアーは原 彬久氏(はら よしひさ)です。
- 「安保改定」と引き換えに政権を手放した岸さんとしては、もう一度総理大臣をやりたいとはお考えになりませんでしたか。
岸 いや、そりゃあね、もう一遍私が総理になってだ、憲法改正を政府としてやるんだという方針を打ち出したいと考えたんです。私が総理を辞めてから、あまりにもだな、池田および私の弟が「憲法はもはや定着しつつあるから改正はやらん」というようなことをいってたんでね。私が戦後の政界に復帰したのは、日本立て直しの上において憲法改正がいかに必要かということを痛感しておったためなんです。だからこの改憲気運をもう少し盛り上げる必要があった。憲法の「定着」をいまの鈐木君もいうてるけど…….。いまの憲法がどのようにしてできたのか、その内容がどういうものであるのか国民は関心がないというよりは、知らないんだよ。この憲法があれば戦争がないのだと思っているが、そんなものではない。憲法を改正したら戦争になる、というのではないんだ。
護憲の連中は憲法を改正するとまた戦争になり、徴兵制が敷かれ、子供や夫をまた戦場に送ることになるんだといいような、訳の分からぬ宣伝をしているが、これをそのまま信じている人も多いんです。もう時代は変わっているんです。制定の手続きにも間違いがあるし、内容にも誤りがある。あれは占領政策を行なうためのナニであった。その辺の事情を国民に十分理解せしめるという役割は、総理が担わないといけないんです。総理がみずから改憲に意欲を持ったのは、私が最後なんです。
- 岸さんが、もう一度総理をやりたい、とお思いになったのはいつ頃ですか。
岸 私は割合(首相を)辞めたのが早かったからね。「もう一遍」(首相をやりたい)と思ったときは、まだ年齢も七十いくつで元気だったからね。
- ということは佐藤内閣の頃ですか。
岸 そうです。
ーそれでは、佐藤さんの次にまた(首相を)やらにゃいかん、というふうにお考えになって.……。
岸 そういうわけだ。
ー池田内閣の時には、「もう一度総理をやろう」とはお考えになりませんでしたか。
岸 まあ、池田君自体が僕のすぐ次だったから、それはないよ。ただし池田君のやっていたいわゆる「低姿勢」に対しては、私も不満ではあった。
ーもう一度俺が総理汇ならなければとお思いになったとき、現職首相の佐藤さんあたりに打ち明けられましたか。
岸 いや、打ち明けもしないですけど、まあ密かに政権復帰を思ったことは随分ありましたよ。
ーつまり一度ならずですね。
岸 うん。私はいまでも思うんだが、戦後の日本では派閥間の抗争、党内の人間関係からいうて、一度総理総裁になるとそれで一丁上がりということで、お次の番ということになるんです。本当は、総理をやってですよ、しばらく野に下って、今度は権力者としてではなく国民の側に立ってものを観察し、いろいろ思いを巡らしてこれを前の経験と結び合わせてもう一度総理をやった政治家は、前より大いに偉くなるんですよ。それを利用しないのは、国にとって非常の非能率だと思うんだ。明治時代はそれができたから伊藤公にしても度々総理になっているし、一回目よりも二回目、三回目と総理になって非常に練達したわけだ。だから一度総理になれば、もうそれっきりだ、ということにならないようにしたほうがいいんです。」(同書490~492頁)
(了)

コメント