読書後にどれほど印象深かった本であっても、記憶に残る文章はほんのわずかです。なので、歳を重ねて記憶が薄らぐ前に、自身の歴史観を育む過程で少なからず影響を受けた本を選び、原文を引用するかたちで内容の一端を紹介していきたいと思います。
安倍元首相がいく度も読み返して政権運営の参考としていた「岸信介証言録」(中公文庫 2014年11月25日発行。底本は同題の2003年毎日新聞社刊による)は今回が7回目となり、紹介するのは自由の防衛に関する箇所です。インタビュアーは原 彬久氏(はら よしひさ)です。
「- 抽象的な質問になりますが、国家というのは先生にとって一体何かということです。日本という国家は国民そのものだと考える立場もありますし、また国家に何か守るベきものがあるとするなら、それは天皇であるという考え方もあるでしょう。岸さんにとっては後者ということになるのでしょうか。
岸 僕はそうじゃないと思うな。天皇がいわゆる民族糾合の象徵であるという意味においては、確かに天皇を守らなければならないし、また国土も国民も守らなければならないでしょう。しかし、結局煎じ詰めていけば、守るベきは、人々の自由ということになるんじゃないかと思うね。例えば、日本を共産主義化するというような場合には、われわれがそれを認めない。国民の自由を守るということが、本体じゃないだろうか。国土を守るということではなくってね。国土さえ守れば、われわれの自由が踏みにじられてもいいのかということになる。そうじゃなしに、結局は国土も国民も天皇制もあるだろうけど、われわれの自由を擁護するということが究極の目的ではないだろうか。ただ生きていくだけでは意味をなさないんで、自由が行なわれてこそ生きる価値があるんだ。自由を脅かすあらゆるものを排擊して、自由を防衛していくことが結局は政治の基礎だと思うんだよ。その点共産主義は人間の自由を認めないからね。
- となれば、天皇制の名の下に国民の自由を拘束する、そういう政治体制ができたとすれば、いかがでございますか。
岸 それはよくない。
- よくない。
岸 天皇制そのものは、決して国民の自由を制限するものではないですよ。もしも軍閥や何かを利用して国民の自由を封殺するようなことが行なわれるならばだ、共産主義に反対するのと同樣、僕は反対するね。反対すべきだと思うな。
‐ そうしますと、先生は一方でいわゆる国粋主義をお持ちになりながら、他方では、 国内外の敵から守らなければならない一番の価値は、むしろ天皇よりも自由だとおっしゃるのですね。その辺の考え方はどこからきているのでしょうか。
岸 巣鴨の経験は、やはり大きいように思います。私は官僚生活においてもその他の生活においても現実問題に忙しく取り組んできたものですから、ゆっくりと本当に心鎮めて考えるということが少なかったんです。ところが、巣鴨プリズンの三年三月というものは、自分を省み、同時に物事の真髄について思いを潜めるというね、そういう時間を与えられたんです。あの三年三月というのは、私にとって非常に意味のあるものでした。自由というものに対する本当に信念的なものがつくり上げられたのは、やはりあの監獄生活だな。一切の自由が奪われていた監獄生活が自分に考える時間をもたせてくれたように思うんです。」(同書452~454頁)
(つづく)

コメント